ガープスサイバーパンク ガーディアン・オブ・アグノシア

《隠れ家:シュプル》

その晩はいつになく静かな晩であった。
それは隠れ家から出ることを決めたということもあるが、自分達が今まで感じたことの無い一種の安心感を今感じているからであっただろうか。
正直…シュウ達お節介な奴等は嫌いだった。
押し付けがましく勝手に決める姿は、“うざったらしい”と嫌悪していた。

“親じゃ無いんだから”



そんな風に考えた時、親みたいなんだろうかな、と考えた。
自分は大人を知らないから、結局わからないだろう。そんな風に色々考えていた。



ともかく、シュプルはその夜をいつになく静かに感じていた。
『これからどうしようか』

だとか―

『またやり直しか』だとか―


そんな事を考えていた。




ドタドタ―

考え事を打ち消すように、不意に騒々しい足音が響く。その足音だけでシュプル
は何かがあったことを察知する。
ドア口から首を突き出したキッズの一人が声を張り上げる。

「表に誰かいる!?」




武装しバリケード越しに様子を確認するキッズ達。
表の光景を確認するのは有線式小型カメラである。


表にいたのは黒い全身サイボーグであった。
シルエットに紛れ込むようでもあり、時折赤く明滅する。
武器は持っていないようだ。
「一人。武装は無しだ。目的はなんだろう?」

「俺達がいること、気が付かれたか」

「だから来たんだろ?」


シュプルの直感がヤバい相手だと伝えている。
全身サイボーグは金がかかる。
メンテナンス施設や電力施設を考えたら、スラムにいること自体に違和感がある。
そんな奴がなんでここに来たのか?


わからない…
けど、ヤバい状況に違いない。


シュプルは一同に矢継ぎ早に指示を出す。
「武装を固めろ。でも刺激するな。」

「脱出先の集合地点は打ち合わせ通りだ。いいな」

「俺は念のために砲台を使えるようにしてくる。」



駆け出す!

音が響くことも気にしない。今は急を要する。


何より…
弟は動けないのだ。ボスとしては失格だが、どうしても案じてしまう。


「一言いっとかないと…」


その時入り口で爆発音と悲鳴が響く。間を置かずに銃撃の音。
(始まった!!!?)


嫌な予感ばかりあたる。
相手がその気なら、こちらは5分も持たない牽制用の火力だけしかないのだ。


手早くシュプルはベッドの弟に声をかける。
「逃げるぞ!動けるか!?」

物音に目を覚ます弟。
ヨロヨロと身をお越し、うっ血したサイバー義肢を引きずる。
シュプル「よし!動けるな?お前はすぐに脱出しろ。俺達は時間を稼ぐ。」


(弟を連れて自分だけ逃げるなんて恥ずかしいことはできない。
自分はやっぱり、ストリートキッズのボスなのだ。)
「砲台…間に合わねぇな…」


今は自分が指揮をしないと。
シュプルは諦めて入り口に踵を返す。



サイボーグはただただ無感情に“駆除”を続けていた。


この弾幕の雨の中も悠然と歩を進める姿に、少年達は無駄な抵抗を試みた。
弾丸の雨を前にそのサイボーグは身じろぎもしない。弾丸はサイボーグの目前で歪曲するとあらぬ方向へと流れていく。


サイボーグの肩口が開く。それが何かの発射口であることは始めは分からなかった。
しかしそこから放たれた圧縮された空気は弾丸となって襲いかかる。


次々と弾丸を浴び形が無くなるまでにほど変貌する少年達。抵抗など虚しいばかり―
やがてそれが恐怖にかわり恐慌を起こすのには時間がかからなかった。


サイボーグはただただ無感情に“駆除”を続けていた。



「畜生!畜生!」
かたくなに抵抗を繰り返す少年は撒き散り―


「ダメだ!逃げよぅ!??」
と逃げ出した少年も、逃げ切ることはできなかった。


その惨状に―

その阿鼻叫喚に―

シュプルはあまりのことに呆然としていた。


何もできない―

どうにもならない―


ビジネス対立の殺し合いでも、まして憎しみからの殺し合いでも無い。
下水のネズミを駆除するように黙々とサイボーグは作業している。
自分達が誰にも相手にされない存在であることを痛烈に感じていた。


(コイツは何も感じること無く、ゴミ掃除のように俺達を殺してのけるだろう…。)


助けを求める仲間―
(無理だよ…お前…腰から下ないじゃん)

指示を求める仲間―
(俺だって…どうしていいか…わかんねぇよ)


やがて炎に照らし出された黒いサイボーグが、目前に立っていた。
黒いサイボーグは構えない。ただ肩口の銃口が向いていた。
(…あ…俺…死ぬんだ―)
そう思った時―


ダダダ―と激しい銃撃の音が響いた。





跳躍するサイボーグ。天井の梁につくと同時に跳躍。
コンクリートの床も鉄筋の柱も、一瞬の間に穴だらけになって崩れ始める。
崩れるのはそこだけではない。
隠れ家の天井も壁も倒壊を始めていた。呆然としたシュプル。
(え…俺が撃たれたんじゃ)


「お兄ちゃん逃げて!!!」



スピーカーからの声は弟の声。見上げたシュプルの上に瓦礫を防ぐように立ち上がった“多脚砲台”の姿があった。


黒い悪魔…あのサイボーグと戦う弟の鉄機。
並のサイボーグを一掃する機銃掃射はサイボーグの重力の壁に阻まれ、サイボーグは突如自分が弾丸であるかのように体当たりをする。
重力の壁に激突したのだろう。機銃はへし折れ装甲は歪む。しかし壊れない!
耐久力はサイボーグの非では無い。


サイボーグが腕を振り上げた時、多脚砲台は既に砲身を回転させていた。
激突し振り落とされるサイボーグ。
重力無視の至近距離からの砲撃がそこから放たれる。
耳をつんざく爆発音―
転倒するシュプル―


至近距離からの砲撃では多脚砲台もただではすまない。


しかし―


シュプルは見上げた。


多脚砲台の上に立つ、黒いサイボーグの姿を。
無傷。
まったくの無傷である。


黒いサイボーグは砲身から弾丸が射出されると同時に、中空で弾丸を空圧弾で狙撃―
撃墜したのだ。



「ダメだ…」


シュプルは震えた。
怯えていたのだ。


助けてくれようとしている弟に、打たれた胸も凍えついていた。
助けてやりたいという弟に守られ、すがる自分の弱さを知る。


「…助けて―」

シュプルは弟を捨てて逃げ出した。


ただ―
ただ、助かりたかった。


シュプルは泣いていた。




黒いサイボーグと多脚砲台の死闘も終わりは目前にまで迫っていた。
逃げていく兄の姿を見送りながら、弟はただ、ただ兄が無事に逃げられることを祈った。

―恩返しをしたいとずっと思っていた。

―兄を助けられて誇らしかったけど、今は凄く怖い。


砲台は瞬く間に破壊されていく。
弾丸が尽きた―
武器を破壊された―
振り回す手足すら破壊されていく―
もはや動かせる部分がないまでに破壊されていく砲台の中で、まるで手足がもがれるような錯覚―
砲台が冷たい棺へと変わっていくようだった。


やがてサイボーグはコクピットの上に陣取ると右腕をかざした。
腕の各所から吹き出す空気の刃は回転し、ドリルのように装甲を削り始める。
耳に届く―

すぐにそこにある―

『目前の死が―』



「うあぁぁ―ん!!!

出して!


…だじで―!!」




その泣き声も、悲鳴も聞くものはいない。
兄の元にすら届かないのだ。



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